別れが寂しいのは、ファンだけではない。再会は必ず笑顔だと決めていた。2月23日、ソフトバンクはWBCキューバ代表と練習試合を行った。昨季まで在籍したアルフレド・デスパイネ外野手、ジュリスベル・グラシアル内野手が出場し、2人と再会した高谷裕亮2軍バッテリーコーチは「寂しいのは正直ありましたよ。いずれそういうことは、外国人であることだとは思うんですけど、見送りとかができなかった寂しさとか申し訳なさはありました」と噛み締めた。
試合前、一塁側のキューバベンチには続々とホークスナインが足を運んだ。柳田悠岐外野手、牧原大成内野手、栗原陵矢外野手らが2人との再会を喜んだ。この日は時差練習でB組の練習開始は午後から。にも関わらず、午前中のうちに姿を見せたのが高谷コーチだった。「こういうことを言ったら怒られちゃいますけど、試合も見たかったですよ」と目を細めて笑う。2人との再会を心待ちにしていた。
高谷コーチにとっても思い入れの強い助っ人だった。グラシアルもデスパイネも、本塁打を打てばホームランパフォーマンスで“共演”した。ファンにとっても印象深いのが、グラシアルに“ボコボコにされる”ボクシングパフォーマンス。このパフォーマンスが誕生したのは高谷コーチがグラシアルに歩み寄ったから。その経緯をこう明かす。
「あれは最初打ったときに、グラシアルがカメラに向かってやったんですよね。それを見て、次2本目打ったときに、僕がわざとそのカメラの横で待っていたら、五十嵐(亮太)さんが当時見ていて『これ面白いから続けてくれ』って、めちゃくちゃウケてくれたんですよ。それが始まりで、ジュリも乗ってきてくれて、続くようになりました」
グラシアルはNPB通算で59本塁打、デスパイネはホークスで通算130本塁打を放ち、どんどんチームとの絆を深めていった。勝利のために1年間を全力で戦い、オフになると、高谷コーチは外国人選手が帰国する際、必ず空港にまで見送りに足を運んだ。そこにあるのは、勇気を持って海を渡り、ホークスのために戦ってくれたことへの感謝とリスペクトだけだ。
「一番は感謝の気持ちというか、1年間、ともに戦って『お疲れさま』って。1年間このチームで戦ってよかったなって少しでも思ってもらえたらと思って。その次の年に会えるかどうかは別として、やっぱり1年の中で一緒にチームとして優勝目指して戦って『ありがとう』という気持ちがありました」
デスパイネもグラシアルも勝利に対して真っ直ぐな姿勢を見せてきた。残した数字以上に、その姿こそがホークスに残した財産だ。高谷コーチも「取り組む姿勢も考え方もすごくしっかりしていました。日本で長く成功するために、自分なりに勉強していたと思います」と懐かしむ。2人との印象に残る出来事を問われると「うーん…」。しばし思案した後に、ハッキリとした口調で言った。
「デスパイネもグラシアルも全力疾走。それを絶対にやるのはチームとしての決め事なんで、やっぱり外国人も一緒にやってくれるのは心強いですよね。外国人で、言い方は悪いですけど、ちょっと照れ隠しじゃないですけど、あるじゃないですか。やっぱりすごいなと思います。ホークスの伝統でもあるんで、若手、ベテラン関係なく体現してくれた、身体で表現してくれたっていうのは尊敬に値することじゃないですか」
人間なら体の調子が良くない日もあれば、結果が出ずに気持ちが上向かない時もあるだろう。それでも1球を大切にして、勝利に向かって貪欲に戦うホークスの伝統を、2人はしっかりと理解してくれていた。「ベンチも盛り上がりますし、凡退しても『ナイスラン』って迎えられる。それは僕たち日本人選手も負けていられないですよね」とベンチにも熱い影響を与え、チームは一丸となれた。
2人の姿勢に学んだことも生かして、今はコーチ業に励んでいる。心の通ったコミュニケーションで近づけてきた距離感を、若い選手にもどう学んでいってほしいのか。
「当たり前のことをしっかりできるように。華やかなプレーとかじゃなくて、反復練習をして、与えられたことはできるようになってほしいです。それと、プロ野球選手ですけど、一社会人なので、どちらかというとそっちですね。見られる職業だからこそ、身の回りのこととか、人と接することとか、社会人としては最低限のマナーやルールは身につけてほしいです。気付いたことがあれば僕もそれはしっかり言わなくちゃいけないと思っています」
高谷コーチの中でデスパイネとグラシアルへの思いが褪せることはない。2人も将来、またホークスとの関わりを持つことを望んでいた。ホークスの一時代を彩ったデスパイネとグラシアル。いつかまた笑顔で会えると信じて、高谷コーチもその日を待っている。