大竹耕太郎が好例…リーグ間の移籍で復活した投手は少なくない
昨年12月23日、三森大貴内野手との交換トレードで、DeNAの浜口遥大投手がホークスに加入することが発表された。神奈川大から2016年のドラフト1位で入団した左腕は、ルーキーイヤーの2017年に2桁勝利となる10勝を記録。即戦力としての期待に応えてみせた。同年はホークスとの日本シリーズでも先発し、8回途中無失点の好投も披露。一方で、ここ数年は大きなインパクトを与えるような投球は影を潜めていた。
DeNAに移籍する三森は2024年こそ出場機会を減らしたものの、近年はレギュラークラスとして活躍してきた選手だ。そこまでのコストを払い、浜口を獲得する理由があるのかと疑問に思ったファンもいるかもしれない。しかしデータを詳しく見ると、左腕がこの移籍によって“かつての姿”を取り戻す可能性は十分あるように思えてくる。
まずは浜口のキャリアを振り返ってみよう。入団1年目の2017年は123回2/3を投げて10勝6敗、防御率3.57。しかし、その後はルーキーイヤーに残したインパクトを上回れずにいる。勝利数で見ると、10勝に最も近づいたのは2022年の8勝。昨季も2勝4敗、防御率3.25に終わった。2024年のプロ野球は防御率1点台の投手が続出する“投高打低の”環境だったことを考えると、この防御率でも優れた数字とは言えない。
では、セイバーメトリクスの観点からはどうだろうか。セイバーメトリクスは一般的な視点とは異なる角度で評価する。具体的にはピッチャーの責任範囲を絞り、その範囲内でのパフォーマンスのみを取り扱うのだ。投手はフィールド内に飛んだ打球(インプレー打球)を安打にするか、アウトにするかはコントロールできないという考えに基づき、投手の関与が及ばない要素を除いて評価しようという試みだ。具体的には奪三振、与四球、被本塁打の3項目で構成される。
3項目のうち、まずは四球と本塁打を見ていこう。四球をどれだけ出すかの頻度を表す四球%(四球÷打者)を見ると、浜口は1年目から大きな変化はなく、基本的に10%をやや超えるレベルで推移している。セ・リーグの平均が8%ほどであるのを考えると、やや四球が多い投手ではあるが、この要素がルーキーイヤーからの成績低下を招いている要因ではないようだ。
本塁打を浴びる頻度についても同様だ。本塁打の確率(本塁打÷打者)を見ると、浜口の値は2.0%前後で推移。ほぼリーグ平均レベルの値だ。1年目から比べても数字に大きな変化はなく、本塁打も成績低下の要因ではない。
では、三振はどうか。三振%(三振÷打者)に目を移すと、浜口は1年目に24.9%を記録。リーグ平均が18%ほどであったため、平均を大きく上回る数字だった。浜口は奪三振能力に強みのある投手であったことがわかる。しかし、この数字は低下していく。2年目、3年目こそ水準を維持した左腕だが、4年目の2020年に18.5%まで低下。それ以降は20%をやや下回るレベルで推移している。昨季は19.7%。これでもリーグ平均よりは高いが、ルーキーイヤーに比べると5%以上も悪化している。
つまり、悪化しているのは一般的な成績だけでなく、セイバーメトリクス的な視点で見ても同様だった。その大きな要因となっているのは、奪三振能力のようだ。
データ分析で明らかになっている打者の「慣れ」…移籍で好転の可能性
こうして見ると、浜口がホークスで活躍できるのか不安になってきたファンもいるかもしれない。しかし、このトレードにはしっかりと根拠、勝算がある。以下の図1を見てほしい。
これは浜口のキャリアにおける対戦打者の所属をセ・パで分類したものだ。デビューした2017年以降で集計している。グラフを見ると、浜口の対戦は大半がセ・リーグ所属の打者で占められていることがわかる。これまで87.4%がセ・リーグの打者との対戦である。並べて昨季のホークス先発陣の内訳も表示したが、浜口とは真逆でパ・リーグの打者ばかりと対戦していることがわかる。あまりにも単純なデータに感じられるかもしれないが、実はこの内訳が左腕復調の鍵を握っている。
投手と打者の対戦結果を左右する要素として、データ分析の世界では近年、「慣れ」という概念が注目されている。打者のコメントで「相手投手の球筋を見極める」といった表現を聞くことがある。あるいは、一見平凡そうな初対戦の投手にのらりくらりとかわされ続け、スコアボードに0が並ぶといった試合を見たこともあるだろう。
これらの事象に影響を与えている要素が「慣れ」だ。打者は投手のボールを何度も見ることで、より打ちやすくなるというのが通説だが、実際にこうした慣れの影響はデータ分析ですでに明らかになっている。2020年の分析によると、先発投手は同一球団と初めて対戦したときに比べ、2度目の対戦では防御率が0.28ほど悪くなる傾向があった【注1】。対戦を重ねるほど、投手は不利になっていく。「うちのチームは初物に弱い」と感じたことがある人もいるかもしれない。その裏側にはこういった影響があるようだ。
なぜ防御率が悪くなるのか、その要因に挙げられるのが三振だ。防御率の悪化と呼応するように、1度目の対戦で18.4%だった三振%は、2度目では17.2%に低下。一方で四死球や本塁打の数値にそれほど大きな変化は見られない。打者が投手の球に慣れ、三振をしにくくなっていることにより、投手の防御率が悪化しているのだ。
大竹耕太郎が好例…リーグ間の移籍で復活した投手は少なくない
慣れの影響を考慮に入れた上で、あらためて浜口の成績を振り返ってみたい。三振%はプロ入りから3年間は25%弱で推移していたが、4年目以降は20%弱に落ち着いた。一方で四球%や本塁打%に大きな変化はなかった。慣れの影響は三振に表れやすい。浜口の成績低下は、セ・リーグ打者による慣れの影響があった可能性が大いにありそうだ。
裏を返せば、対戦数の少ない打者にはまだ有効である可能性は高い。前述したように、これまでのキャリアにおける対戦打者は、ほとんどがセ・リーグ相手のもの。パ・リーグの打者にとって浜口の投球は新鮮に映るはずだ。他リーグに移籍したことで起きる「慣れのリセット」によって、左腕がかつての姿を取り戻す可能性は十分にあるのではないか。
実際にリーグをまたいだ移籍により、停滞していたキャリアを回復させた投手の例は少なくない。ホークスファンにとって最も馴染み深いのが大竹耕太郎投手(現阪神)ではないだろうか。
大竹は2018、2019年とホークスの先発として活躍したが、その後3年間は1軍で思うような成果を残せなかった。2022年オフの現役ドラフトで阪神に移籍してからは見事に復調。直近2年で計270イニング超を消化するなど、阪神先発陣の中心にまでなっている。移籍時点でのキャリアで対戦打者は89.3%がパ・リーグ所属だった。大竹の復調もセ・リーグへの移籍により、慣れられていない打者と対戦している影響は少なからずありそうだ。
大竹のほかにも2018年に阪神から西武に移籍し、リーグ優勝に貢献した榎田大樹投手や、さらに遡ると近鉄からヤクルトへの移籍で復調した「野村再生工場」の代表格ともいえる吉井理人投手も、「慣れのリセット」による恩恵を受けた投手と言えるかもしれない。
もちろん、成績低下の原因は慣れの問題だけではないだろう。ホークスのフロント、はこれとは別の狙いをもって獲得を試みた可能性も十分にある。それでも、別リーグへの移籍が浜口にとって好作用を及ぼすのは間違いない。ここ数年の成績だけを見れば、それほど大きな効果が見込めないようにも思える。しかし、その数字が生まれた背景にまで踏み込むと、十分に見返りのあるポテンシャルをもったトレードであることがわかってくる。
【注1】「うちの打線は初物に弱い」は本当か? 初対戦の影響をデータで検証する
https://1point02.jp/op/gnav/column/bs/column.aspx?cid=53654
DELTA http://deltagraphs.co.jp/
2011年設立。セイバーメトリクスを用いた分析を得意とするアナリストによる組織。集計・算出した守備指標UZRや総合評価指標WARなどのスタッツ、アナリストによる分析記事を公開する「1.02 Essence of Baseball」の運営、メールマガジン「1.02 Weekly Report」などを通じ野球界への提言を行っている。(https://1point02.jp/)も運営する。