2024年の捕殺はわずか「3」でも…データで明らかになる圧倒数値
プロ野球で優れた守備を見せた選手を表彰する「三井ゴールデン・グラブ賞」で、2024年シーズンはホークスからリバン・モイネロ投手、甲斐拓也捕手、山川穂高内野手、栗原陵矢内野手、周東佑京内野手の5人が受賞した。リーグ優勝を果たしたチームの高い守備力をあらためて印象づける結果となった。
ただ、受賞を逃したホークスのメンバーにも、優れた守備を見せた選手はいる。今回紹介するのは、パ・リーグMVPを獲得した近藤健介外野手。守備面でも特に注目したいのは送球だ。データで見ると、球界随一の強肩を誇る万波中正外野手(日本ハム)と同じレベルで、走者にとって大きな脅威となっているようだ。
とはいえ、「近藤の強肩」と聞いて印象的なシーンが思い浮かぶ人は多くはないのではないだろうか。元捕手ということもあって確かに肩は強い。では、客観的なデータで見るとどうだろうか。
近藤は今季、「補殺」を3つ記録している。具体的には以下のプレーだ。
〇4月28日の西武戦 三塁線を抜けた打球を処理し、打者走者アギラーが二塁でアウト
〇5月3日の西武戦 頭上を越える打球を処理し、一塁走者アギラーが三塁でアウト
〇5月14日の楽天戦 三遊間を抜ける打球を処理し、二塁走者小郷が本塁でアウト
いずれも接戦の重要な場面でチームを救ったプレー(全て左翼手として出場)だが、他の外野手と比べてどれほど優れているのだろうか。
今季の外野手における補殺数ランキングが以下の表1である。
これを見ると、真っ先に万波の圧倒的な補殺の多さが目につく。補殺数「11」は、2位に入った周東佑京内野手の「8」に3差をつけてトップ。強肩ぶりがランキングにも表れた形だ。一方で、近藤の3補殺は、全外野手の中で21位タイ。実際には送球によって数多くのアウトを取れているわけではない。では、近藤の送球がなぜ大きな脅威を与えていると言えるのだろうか。
捕殺は自身の送球で走者を刺した場合に記録される数字。しかし、送球がチームを救うのはこういったケースだけだろうか。例えば強肩を警戒して走者が先の塁へ進むのを諦めることがある。この場合、外野手はアウトを奪うことはできていないものの、走者の進塁を防ぐ“好守備”を見せたとは考えられないだろうか。
実は近藤が優れていたのは走者をアウトにすることではなく、走者の進塁を抑止することだったのだ。
走者が強引に本塁を狙う2死でも60%の割合で“くぎ付け”に
具体的に見ていこう。まず、単打発生時に二塁走者が三塁を回って本塁を狙うシチュエーションを切り取ってみる(表2)。外野手の送球能力が問われる最もポピュラーな状況だ。
今季のNPB全体のデータから見ていくと、二塁走者がいるタイミングで左翼手に単打が飛んだケースは594件あった。このうち、走者が本塁に突入したケースは320件。残りの274件で左翼手が走者を本塁に突入させない、つまり抑止することに成功している。割合にすると46.1%である。
近藤の数値に目をやると、二塁走者がいるタイミングで単打が飛んできたケースは22件あった。このうち本塁突入を許したのは、わずか7件。残り15件は抑止に成功していた。NPB平均が46.1%であることを紹介したが、近藤の数字は68.2%。平均よりも約20%以上も高い割合で走者の進塁を抑止していた。
ただ、このデータだけでは近藤の送球能力が高いとは言い切れない。走者が本塁に突入するかどうかは、アウトカウントによっても大きく変わってくるからだ。2死であればやや強引にチャレンジすることが多いかもしれないが、無死や1死であれば慎重になるケースもある。近藤の場合、無死または1死のケースが集中していただけかもしれない。
そこでアウトカウント別で振り分けたものが表3である。二塁走者を背負った場面で近藤のもとに単打が飛んだ22件のうち、無死、または1死のケースは12件。一方で2死も10件と十分に多い。無死、1死のケースが特段多かったために抑止の割合が高くなったというわけではなさそうだ。近藤の抑止力はアウトカウントに恵まれたから生まれたものではない。
2死で迎えた10件のケースでの成績もすさまじい。2死の状況で、NPB平均レベルの左翼手は28.6%しか抑止に成功していない。70%以上の確率で二塁走者は本塁に突入する。そんな中で、近藤の抑止成功は10件のうち6件に上る。走者が無理してでも本塁に突入しがちな状況で、60.0%もの割合で走者をくぎ付けにしていたのだ。
ランナーを“躊躇”させていたのは、走者二塁のシチュエーションだけではない。二塁打が生まれた状況における一塁走者の本塁生還抑止、走者三塁時に犠飛となりうる場面での本塁生還抑止など、その他のシチュエーションでも同じような好成績を残しているのだ。おそらく肩の強さはもちろん、捕球の際のポジショニングなども優れているのだろう。
セイバーメトリクスの手法を使うと、これらのシチュエーションにおける守備貢献度を得点、失点の単位に換算することができる。送球によりどれだけアウトを取り、どれだけ進塁を抑止できたか。それにより、どれだけ失点を防いだかを数値に表すことが可能となる。ARM(Arm Rating)という指標だ。
今季の近藤の数値は「7.9」。平均的な左翼手が守った場合に比べて、進塁抑止力によってチームの失点を7.9点減らしていることを意味する。今季500イニング以上を守った左翼手の中でのランキングで断トツの数字だ。ちなみに万波のARMが「8.6」。ポジションが異なるため単純な比較はできないが、近藤も万波と同じように送球で多くの失点を防いだのは間違いない。
外野手の送球といえば、遠い距離からのノーバウンド送球によるタッチアウトなど、どうしても派手なプレーが注目されがちではある。しかし、派手さはなくても地道に走者の進塁を止め続けることでチームの失点を防ぐ「優れた守備」を見せることはできる。近藤は打撃面での活躍ほど派手ではないものの、守備でもホークスの失点を減らし続けていたようだ。
DELTA http://deltagraphs.co.jp/
2011年設立。セイバーメトリクスを用いた分析を得意とするアナリストによる組織。集計・算出した守備指標UZRや総合評価指標WARなどのスタッツ、アナリストによる分析記事を公開する「1.02 Essence of Baseball」の運営、メールマガジン「1.02 Weekly Report」などを通じ野球界への提言を行っている。(https://1point02.jp/)も運営する。