“強打者”今宮健太に犠打はもったいない? データで発覚…ホークスが損した「-10.9」

ソフトバンク・今宮健太【写真:冨田成美】
ソフトバンク・今宮健太【写真:冨田成美】

今宮のバントでホークスは3点分を損した?

 ホークスファンであれば、今宮健太内野手の送りバントでこれまで何度もチームが勝利を手繰り寄せた瞬間を記憶しているのではないだろうか。今季記録した犠打数25はパ・リーグトップ。キャリア通算でも歴代4位となる395犠打をマークしている。「バントの神様」として知られる川相昌弘氏(元巨人など)が持つプロ野球記録、通算533犠打まで残り「138」。将来的には歴代1位に躍り出る可能性も残されている。その技術の高さは、多くのプロ野球ファンに知れ渡っているだろう。

 そんな今宮は今季、送りバントだけでなくヒッティングでもチームに大きく貢献してきた。OPS(出塁率+長打率)は.704で、パ・リーグ平均.645を59ポイントも上回る。

 ただ、そうなると思い浮かぶのが「これほど優秀な打者に犠打をさせるのは本当に有効な戦術だったのか」ということ。例えば近藤健介外野手のようなリーグ最強クラスの打者にバントをさせると損であることは直感的に多くの人がわかるはずだ。では、今宮の打撃力で見るとどうなのだろうか。

 この疑問に対する回答は、実はデータ分析により求めることができる。大まかに説明すると、「犠打の得点力」と「今宮の得点力」を求め、それを比較することで犠打の損得を計算することが可能だ。もし前者が上回っていれば、犠打が有効だったことを意味する。

【犠打の得点力-今宮の得点力=プラスならば犠打が有効】

「得点力」はwOBAという打撃指標で代用することができる[1]。wOBAとはOPSのような総合打撃指標をより厳密に計算したものだ。1打席あたり、どれだけ得点を生み出す力を持っているかを表す。

 実際に「(1)犠打のwOBA」と「(2)今宮のwOBA」を比較したものが以下だ。(1)は.154。これに対して(2)は.322だった。犠打よりも今宮のwOBAのほうが大きい。つまり、今宮に犠打をさせることは有効ではなく、ソフトバンクがむしろ得点を減らしていたことを意味する。数値の差が非常に大きいことからも、かなり損をしているのがわかるだろう。データ面から見れば、今宮へのバント指示は最善策とは言えなかったようだ。

.154【(1)犠打のwOBA】-.322【(2)今宮のwOBA】=-.168

 さらに、このwOBAは実際の得点の単位に換算することが可能だ。つまり今宮の今季の25犠打により、実際にソフトバンクがどれだけの得点を損していたのか計算できる。計算方法についてはやや複雑であるため、ここでは割愛する[2]。犠打のメリットである併殺打を回避する効果も組み込み、実際に今宮の犠打がどれだけ得点を減らしたかを計算すると、値は-3.0となった。今宮が記録した25犠打は、データ上ではチームの得点を3点減らしていたというのが検証の結果だ。

 この損失はどれほどのものか、他の選手と比較してみよう。以下の表1は、今季犠打を記録した野手全182人(投手を除く)のうち、犠打による損失が大きかった選手5人のランキングだ。

 表にはセ・リーグトップの犠打数を記録した中野拓夢内野手(阪神)がランクインしている。35回の犠打によって約2.8点分の得点を減らしたという評価だ。今季の中野のwOBAは規定打席到達者全47人の中でワーストの.271。犠打のwOBAは.154であるため、NPBで今季ワーストクラスの成績に低迷した中野の打力で比較しても、犠打の得点力を上回っている。よほど打力が低い水準でない限り、犠打は得点を減らす戦術と考えられそうだ。

 そして今宮の犠打における損失「3.0点」は、今季のNPB全体におけるワーストだった。犠打が10回ほど少ない中野よりも損失が大きいのは、wOBAで50ポイントほどもある打力の差が要因だ。表には中野以外にも源田壮亮内野手(西武)ら小技を得意とする選手がランクインしているが、この中でもっとも高いwOBAを記録しているのが今宮。犠打を重ねた結果、他の選手よりも損失が大きくなってしまったのだ。

ホークスは最も損をしたチーム? リーグ2位の強打者・栗原の犠打も損失に

 ここまでは野手個人の犠打による損益に注目してきたが、チーム全体ではどうだろうか。ソフトバンクは打力に優れた今宮の犠打によって、約3.0点損していた。これと同様に、他の優秀な打者も犠打をすることで損失が大きくなっていることが考えられる。では、チームごとに野手の犠打でどれほどの損益が発生していたのかを確認してみよう(表2)。

 12球団でもっとも損失が少ないのはDeNA。犠打によって約4.6点分損をしていたという評価だ。今季のDeNAはセ・リーグトップとなるwOBA.318を記録するなど、打力に優れたチームの1つだった。このようなチームが多くの犠打をすれば、それだけ損失が出る可能性もあったが、野手の犠打数は12球団最少となる49。打力の優れた打者にバントをさせないことで、12球団ではもっとも損失の少ないチームとなった。しかし、そのDeNAですら犠打によって約4.6点ほど得点を減らしてしまっているのだ。

 そして犠打でもっとも得点を減らしたのは、-10.9点を記録したソフトバンクだ。今季ソフトバンクが記録した野手の犠打は12球団中4位となる103。上位ではあるが、トップの楽天に比べると19も少ない。それでもワーストの損失を生み出したのは、今宮をはじめとした優秀な打者による犠打が原因だ。今宮の他に、どの打者が損失を記録したのだろうか。以下の表はホークスの打者において、犠打による損失が大きかった選手5人だ(表3)。

 今宮のほかには、甲斐拓也捕手、栗原陵矢内野手らの犠打が得点を減らす結果となったようだ。特に栗原のwOBAは.366。これは近藤に次ぐパ・リーグ2位の数字だった。つまり、リーグで2番目に優秀な打者だ。後続の打者が優秀だったこともあるが、栗原の犠打は損が大きい選択だったと言える。

 栗原以外にも、表の打者5人はすべてパ・リーグ平均wOBA.301を上回っている。リーグ平均以上の打者による犠打で、これほどの損失が生まれていた。今季のソフトバンクは12球団トップの607得点を記録した強力打線だったが、犠打を減らしていればより得点が増えていた可能性もある。

 もちろん、すべての犠打が損というわけではない。1点を争う試合の終盤や、サヨナラ機を演出する場面など、シチュエーションによっては有効な作戦となる。しかしどこから損になるか、損益分岐点は現場の首脳陣が考えるよりももっと手前に引かれているようだ。シーズン全体でもっとバントを減らす取り組みを一考する価値はあると言える。今季のソフトバンクは歴史的な強力打線だったが、まだまだ得点を上積みする余地はあるようだ。

○注釈
[1]wOBA(weighted On Base Average):打者が打席あたりにどれだけチームの得点増に貢献しているかを評価する総合打撃指標
[2]犠打の損失計算は以下で式の解説を行っている
https://1point02.jp/op/gnav/column/bs/column.aspx?cid=53934

DELTA http://deltagraphs.co.jp/
 2011年設立。セイバーメトリクスを用いた分析を得意とするアナリストによる組織。集計・算出した守備指標UZRや総合評価指標WARなどのスタッツ、アナリストによる分析記事を公開する「1.02 Essence of Baseball」の運営、メールマガジン「1.02 Weekly Report」などを通じ野球界への提言を行っている。(https://1point02.jp/)も運営する。