端正なマスクが思わず綻んだ。「昔から憧れていた世界の入口なので、とても嬉しいです。真っすぐで押せる投手になりたいと昔から思っていたので、ダルビッシュ投手のようになりたいです」。福山龍太郎アマスカウトチーフ、宮田善久アマスカウトからの指名挨拶を受け、こう語ったのは育成ドラフト1巡目で指名された日本学園高(東京都)の古川遼投手。今年の春には芸能事務所にスカウトされたという、身長190センチのイケメン右腕だ。
春先までは、ほぼノーマークの選手だった。ホークス内で評価が“急騰”したのは、桐朋高(同)との練習試合。メジャーリーグへの挑戦を決断した森井翔太郎内野手との対戦がきっかけだったと福山スカウトは明かす。その試合、130キロ台中盤だった古川のボールが、森井を打席に迎えた途端に140キロを超えた。しなやかな腕の振りから繰り出されたストレートは、捕手の構えるミットに吸い込まれた。福山スカウトはこの瞬間、古川に“惚れた”という。
「一番いいのは身長と骨格、そしてリーチ。身長が高い割に、ボールを投げる“感覚”を持っている。これを持っている投手ってなかなかいないんです。全体的に力強く投げる投手は多いですけど、リリースの瞬間だけ力を入れてコントロールできる投手ってなかなかいない。彼ともう1人(候補がいて)、どちらかはどうしても獲りたいな、と思っていました」。190センチの身長に対して体重は80キロと、まだまだ細身。3年、5年先に期待がかかる選手だが、秘めたるポテンシャルに釘付けになった。
今夏の西東京大会で日本学園高はベスト16に進んだ。同大会を制し、甲子園出場を決めた早実高に5回戦で敗れはしたものの、最速144キロを誇る古川の存在はアマ球界に広く知られるようになった。プロ入りに大きく近づく夏になったが、この直前、右腕は危機に瀕していた。
6月下旬のことだ。日本学園高ナインは、最後の夏に向けて千葉県へ遠征に出掛けていた。ただ、古川がピリッとしなかった。「調子が悪くて……。2試合目が終わったあとに学校に帰らされました」。選手権が近づく中で、状態が上がらず、不甲斐ない投球だったエースに、高橋裕輔監督から“カミナリ”が落ちた。
「学校に戻って練習してこい」
遠征先の千葉から学校のある東京・世田谷区まで、まさかの“帰還命令”が発せられた。夏の大会のメンバー20人が決まったあとのこと。同校グラウンドでは、ベンチ入りから漏れた選手たちが、日が暮れるまで練習していた。その姿を古川に目の当たりにさせることが、高橋監督の目的だった。
「1年の夏から試合に出させてもらっているんですけど、大事な場面で1度も勝利に導くことができていなかったんです。最後の夏もそうなっちゃうのかな、って考えながら学校に帰ったんですけど。ベンチ入りメンバーから外れた仲間たちが一生懸命、声を出して練習している姿を見て、こんなことで悩んじゃダメだって感じました。自分が成長できた場面だったと思います」
厳しい指令を出した高橋監督はこう振り返る。「なんだか珍しく気持ちがフワフワしていたんです。いろいろと進路のことで悩んでいたっていうのもあるんですけど、それは『1番』を背負う人間として駄目だろう、ということで帰らせました。選ばれた人間として、エースナンバーを付ける責任を感じて欲しかったんです」。必死に練習する仲間の姿に奮い立った古川は、エースとしてチームをベスト16に導いた。
高校入学時は体重60キロにも満たず、高橋監督は「入る前はちょっと大丈夫かなって。食トレをしつつ、体ができていない状態で投げさせるのも怖いから球数制限もして。本当に怪我がないようにやってきました。ただ、フォームは綺麗でしたので、コーチにもフォームはいじらないように、『このままでいいから』と言っていました」。その甲斐もあって徐々に体は大きくなり、体重は80キロに到達。同校で初めてドラフト指名される選手にまで成長した。
「力を入れても、抜いてもストライクが取れる。それでいてあの体の大きさ。こういうタイプの投手はあまりいない。投げるセンスのある投手で、できていないのは体だけ。彼にも言ったけど、教えることは何もない。とにかくパワーをつけること。体重が90キロに乗ってくれば(球速は)150キロを超してくると思うので楽しみですね」と福山スカウト。まさに“未完の大器”と呼ぶにふさわしい右腕・古川が“育成のホークス”でどこまで化けるのか、楽しみでならない。