柳田悠岐の打撃は“落合博満・松井秀喜級” 通算成績からは見えぬ…球史トップ5入りの証とは

ソフトバンク・柳田悠岐【写真:荒川祐史】
ソフトバンク・柳田悠岐【写真:荒川祐史】

通算成績からは見えない柳田の「打撃貢献」とは

 圧倒的な強さで今季のパ・リーグを制したソフトバンク。日本シリーズ進出をかけ、16日からはクライマックス・シリーズ(CS)ファイナルステージが始まるが、その前に心強い戦力がチームに帰ってきた。柳田悠岐外野手である。

 柳田は5月31日の広島戦(みずほPayPayドーム)で右太もも裏の肉離れを起こし、チームを離脱。そこから約4か月もの時間が空いたが、9月30日にようやく1軍復帰。同日のオリックス戦(同)の第1打席でヒットを放つなど、さすがの打棒を見せた。主砲を欠きながらも歴史的な強さを誇ったホークス打線において、柳田の復帰はまさに“鬼に金棒”。チームとしては日本一奪取に欠かせない存在だろう。

 長年チームを支えてきた柳田は、これまで毎年のようにNPBトップクラスの打撃成績を残してきた。たびたび「現役最強打者」とも評されるが、意外にも主要打撃タイトル(打率、本塁打、打点)のうち、首位打者を2度獲得しただけにとどまっている。通算成績は264本塁打(歴代65位)、890打点と歴代でも上位とはいえず、数字の面だけ見れば往年の強打者に見劣りすると感じるファンも多いだろう。

 しかし、セイバーメトリクスの視点で見た場合、柳田は“歴代屈指”。落合博満(元ロッテなど)や、松井秀喜(元巨人など)といったレベルの打者と同格との評価することができるのだ。通算成績では往年の大打者に見劣りする柳田が、なぜ歴代最強クラスの打者と言えるのだろうか。

“セイバーメトリクス的2冠王”4度獲得は柳田と王のみ

 まずはセイバーメトリクスがどのように打撃を評価するのか簡単に説明すると、打者の貢献は本塁打や安打といった“生”の形ではなく“得点”の形に集約される。従来の打撃タイトルのような評価方法ではなく、「打撃により、どれだけ得点を増やしたか」という点から打者を評価する。野球は相手チームとの得点差によって勝敗が決まる。ならば、その得点の形で初めから比較するのが試合の貢献度としてもふさわしいといえる。

 得点の増減に強く影響する指標としては、一般的に「出塁率」と「長打率」が挙げられる。これらは打率や安打といった指標よりも得点へのつながりが強いため、セイバーメトリクスでは従来の打撃指標よりも重視される。一般的に、打撃成績のランキングでは打率の順で並べられることが多いだろう。しかし、真に得点の増加に貢献した打者を考える際、出塁率と長打率は打者の優劣を測るに非常に重要な指標といえる。

 そして柳田はこの2つの指標において近年、圧倒的な成績を収めている。出塁率と長打率において、2015~2018年と4年連続でパ・リーグトップを記録。「セイバーメトリクス的4年連続2冠王」といったところだろうか。

 これがどれほどの記録か想像がつかない人もいるかもしれない。上記の記録を4年連続で達成できたのは、長いプロ野球の歴史で王貞治(元巨人)のたった1人だけ。3年連続に対象を広げても、長嶋茂雄(元巨人)がいるだけである。従来の打撃タイトルでは首位打者を2度獲得しただけの柳田は、90年近いNPBの歴史の中でわずか2人しか達成していない記録を持っているのだ。

 さらに柳田の「長打力」にも注目してみよう。現在においても、打者の長打力を測る際には本塁打が指標として使われることが多い。柳田は本塁打王のタイトルを一度も獲得したことがない。だが、セイバーメトリクスにおいては本塁打よりも、より得点への影響が大きい「長打率」を重視する。柳田はこの指標において、過去5度もリーグトップの成績を残しているのだ。以下の表1は、過去に長打率リーグトップとなった回数を表したものだ。

 表を見ると、そうそうたる打者に柳田が並んでいることがわかる。長打率リーグトップを5回以上記録したのは、王、中西太(元西鉄)、長嶋、落合、そして柳田だけである。柳田がマークした長打率リーグトップ5回は、過去に4名しか達成しておらず、柳田が5人目。4度記録した選手にまで対象を広げても、ランディ・バース(元阪神)が含まれるだけだ。本塁打王を獲得していないこともあり、球史に残る大打者とのイメージは強くないかもしれないが、柳田はNPBの歴史でも傑出した長打力の持ち主なのだ。

打撃指標「wRAA」の通算はNPB歴代12位

 ここまでは得点への影響が強い指標において、柳田が優秀な成績を残していることを説明してきた。では、「得点を増やす」という観点で見た場合、柳田はどれほどのレベルにあるのだろうか。ここで用いるのは、「wRAA」という指標だ。これは「リーグの平均的な打者と比較して、その打者がどれほど得点を増やしたか」を表している。以下の表2は柳田の年度別wRAAを表したものだ。

 最も高いwRAAが記録されたのは2015年。この年の柳田は打率.363を記録し、首位打者を獲得。ソフトバンクも日本一に輝いたシーズンだ。柳田のこの年のwRAAは76.7。柳田の605打席がリーグ平均レベルの打者に与えられた場合に比べて、76.7点もの得点を増やしたと考えることができる。この年のパ・リーグで2位だったのが51.4を記録した秋山翔吾(西武)。この年の秋山は216安打を放ち、NPBのシーズン安打記録を更新した歴史的なシーズンだった。その秋山と比べても、柳田は25点以上も上回っているのだ。この年の柳田がどれだけすごかったか、よくわかるだろう。

 このように、セイバーメトリクスでは打率や本塁打数といった一部の数字だけでなく、「総合的にどれだけ得点を増やしたか」という観点で打者を評価する。柳田のwRAAを歴代の打者と比較すると、面白いデータが見えてくる。以下の表3-1はwRAAを歴代の打者ごとに通算したランキングだ。

 トップはやはり王で、1333.7と2位以下に圧倒的な差をつけて君臨している。2位の張本勲(元東映など)が744.0。王と比べると約590点もの差がついている。NPBには長い歴史の中で数多くの名打者がいたが、そんな中でも王が完全に頭ひとつ飛び抜けている存在であることがよくわかる。

 そして、柳田の通算wRAAは467.4。これはNPB史上12位の成績だ。柳田より上の順位には往年の強打者の名前がずらりと並んでおり、かつて「無冠の帝王」と言われた清原和博(元西武など)も10位にランクインしている。主要な打撃タイトルの獲得がない清原のランクインを意外に思う人もいるかもしれないが、wRAAが表すのは「総合的な打撃の貢献度」。この観点から評価すると、清原も柳田も歴代屈指の強打者と考えられるのだ。

落合や松井に迫る歴代最強クラス…柳田の「瞬間最大風速」

 ここからは少し視点を変えてみたい。先ほどはwRAAの通算ランキングを示したが、この指標ではより長い年数をプレーした選手が上位に来やすくなる。たとえば通算のwRAAでは清原が柳田を上回っているが、23年間プレーした清原と、今季14年目の柳田の成績を同列に評価した形といえる。さらに柳田は大卒であることに加え、故障などもあって完全にレギュラーに定着したのがプロ4年目。通算成績など長期間にまたがるスパンで高い数字を記録するには、やや不利な立場にあるのだ。「歴代最強打者」をランク付けするためには、各選手のキャリアの中でより優れたシーズン成績同士を比較するほうが、より実態を表せるかもしれない。

 今度は各選手のキャリアから「ベストの10年間」に注目して比較を行ってみたい。wRAAが高かった10年間に注目することで、さきほどは表現できなかったピーク時にどれだけすごかったのかを表すことができる。以下の表3-2はベストの10年間に注目した歴代wRAAランキングだ。

 柳田のベスト10年間を抽出した通算wRAAは456.3。これは往年の強打者として知られた山本浩二(元広島)や、MLBでも活躍した松井をも上回る歴代7位の成績だ。通算では12位だったが、ベスト10年に限定することで順位が上がっている。柳田が規定打席に到達したのは14年間で計9度。キャリアのうち10度以上規定打席をクリアした山本や小笠原道大(元日本ハムなど)と比べると、ベスト10年での比較において不利な立場にある。しかし、そのハンデを持ってしてもなお、これらの強打者を上回るほどの貢献度を記録しているのだ。

 さらに、ベスト10年間からより成績を厳選した「ベスト5年間」で比較を行ってみよう。NPBトップクラスの大打者たちを、「真の全盛期」と呼べる5シーズンに注目することで、「全盛期にどれほど飛び抜けた打者であったか」を比較することができる。「瞬間最大風速」と言ってもいいかもしれない。以下の表3-3はベストの5年間に注目した歴代wRAAランキングだ。

 柳田のベスト5年間を抽出した通算wRAAは298.3。ベスト10年で7位だった柳田の順位は、5位まで上がっている。柳田より上にいるのはなんと王、長嶋、落合、松井だけ。ピーク時の貢献度では、あの山内一弘(元毎日)や、張本、野村克也(元南海など)などの名打者を上回っているのだ。4位の松井との差もわずか0.1点である。ちなみに柳田より上位の4名は全員セ・リーグでの成績が含まれた選手だ。パ・リーグのみで記録された成績としては、柳田の298.3は歴代最高である。

 過去にオールドファンによって語り継がれ、断片的な資料でしか見られないようなレジェンドと同等のスラッガーを、今のファンはリアルタイムで観ることができるのだ。長い年月が経過すれば、今当たり前に見ている姿が非常に貴重なものだったことが想起されることになるだろう。

歴史的な強打者がNPBでキャリアを全うする最後の例となるか

 ここまで紹介してきた柳田の功績は、NPBを代表する打者が軒並みMLBに挑戦している現代で記録されたことにも価値がある。NPBは創設当時から絶え間なくスターとなるスラッガーが生まれてきたが、近年は彼らがMLB球団に移籍する流れが生まれている。現に過去30年で最も優れた才能を持っていたと思われるイチロー、松井秀喜、大谷翔平は若くして渡米し、数字の推移からもキャリアベストシーズンをMLBで迎えている。そして今後もMLB入りする選手は多くなることが予想される。

 そう考えると、今後はこれまで紹介してきたランキングで上位に食い込んで来る選手は絶滅していくのではないか。その面でも柳田の存在は稀有なものだといえる。日本で生まれた歴史的な強打者が、現役生活の最後まで日本でプレーする例として、“最後の選手”を我々は見ているのかもしれない。

DELTA http://deltagraphs.co.jp/
 2011年設立。セイバーメトリクスを用いた分析を得意とするアナリストによる組織。集計・算出した守備指標UZRや総合評価指標WARなどのスタッツ、アナリストによる分析記事を公開する「1.02 Essence of Baseball」の運営、メールマガジン「1.02 Weekly Report」などを通じ野球界への提言を行っている。(https://1point02.jp/)も運営する。