同点に追いついて打席に入った柳町達は「正木に本当に感謝です」
メンタル面の成長が、ハッキリと表れた場面だった。「お兄ちゃん」の存在が、自分をさらに強くしてくれている。ソフトバンクは4日、日本ハム戦(みずほPayPayドーム)で3-2でサヨナラ勝利を収めた。9回1死二、三塁で試合を決めたのは柳町達外野手。その直前、同点に追いつく一打を放ったのが正木智也外野手だ。これまでなら「回ってくんな……」。ネガティブな自分を払拭できるようになったのは、後ろに“お兄ちゃん”がいるからだった。
試合は先発同士の投手戦となった。ホークスは4回に栗原陵矢内野手の10号ソロで先制したが、7回に先発の大関友久投手が2点を奪われて逆転される。1点リードを許したまま、9回に突入した。栗原と山川穂高内野手の連打でチャンスを作ると、近藤健介外野手は申告敬遠。ここまで3打数無安打だった正木に打席が回ってきた。2球目を右翼の深い位置へと運び、展開を振り出しに戻す犠飛となった。
7月は14打数無安打から始まった。時には「球場に行くのも足が重かったですし、切り替えていたつもりでしたけどそこはダメでしたね」と弱音も漏らしてきた今シーズン。「やっぱり、焦りはすごくありました……」。選手としての怖さも、勝利に貢献する喜びも、少しずつ知ってきた。無死満塁で併殺打という最悪の結果もあり得た中で、正木はどんな胸中で打席に向かったのか。ネガティブな気持ちは、顔を出してこなかった。見えていた“景色”にこそ、成長がにじむ。
「山川さんがレフト線に打った瞬間に、近藤さんは絶対に申告敬遠で自分勝負だと思いました。内野が前なのも、外野が前なのも打席の中で見えていたので、そこがすごく冷静に入れていて自分の中でも『行ける』って思いました。初球は決めに行ったんですけど、刺されてしまった。2球目にバットを短く持って行けたのがよかったと思います。長く持っていたらファウルになっていましたから」
弱気だった自分の過去も認めつつ「去年までだったら『回ってくんな』までは行かないですけど、ちょっとネガティブな方向に行ってしまったかもしれないです」と振り返る。この日の9回の展開についても「先頭がクリさんで、3番だから3者凡退だと回ってこないじゃないですか。でも、その時に『回ってこい』『チャンスで回ってこい』ってマジで思ってたので、そこもすごくいいメンタルで入れました」。積み重ねてきた経験が、地に足をつけさせてくれた。
「打席の中で冷静に入れていますし、今日打てたのも『最低でも犠牲フライ』と思っていました。犠牲フライを打ちに行ったわけではないんですけど、無意識のうちにスイングの中で『これは外野、行ける』と思えた、そんなスイングでした。2球目はフルスイングしたわけではなかったので、いい考えでいられたのはあると思います」
6番に固定されつつある正木と、スタメン時は7番を打つことが多い柳町。後ろに慶大の先輩がいることを「大学の時から思っていますけど、やっぱり達さんは何かをやってくれる。事を起こしてくれるので心強いですし、僕も積極的に仕掛けて行けます。もしダメでも、後ろに達さんがいるっていう考え方でできています」と信頼を寄せる。サヨナラ打を放った柳町に「本当に『決めてくれ』って思っていました。すげえなって思いましたし、やっぱり“お兄ちゃん”には勝てないですね」と照れ笑いするのも、“弟”らしい可愛い一面だ。
柳町にとっては、同点に追いついて迎えた打席だった。「気持ちを楽にじゃないですけど、正木がいい形で繋いでくれたので。僕で決めてやろうという思いで打席に入りました。7回にチャンスで打てなかったので、次こそは打ったろうという気持ちでした」と明かす。それでも、さすがに緊張はしたそうで「欲を言えば正木で決めてほしかったですけど(笑)。正木からも気持ちが伝わってきたので、それも『やってやろう』という思いにさせてくれました」と勝ったからこそ笑顔で振り返ることができる。
「慶応コンビで決まったんですけど、正木がいいバッティングをしてくれたので、本当に感謝です」と、柳町の方からも深々と頭を下げる。正木も本音では「マジで1球目に決めに行ったんです」といい「打席に入る前から健太(今宮)さんから話を聞いていて『球も強いし、クイックが速くてその分刺されるから気をつけろ』って言われていた中で、1球目は刺されないようにタイミングを取ったんですけど、これはもう短く持つしかないなって思って」と事前の助言が生きた。まさに、チームが一丸となって掴んだ1勝だった。
ヒーローインタビューは、柳町が選ばれ「正木が同点にしてくれたので、なんとしてでも僕で決めようと思っていました」と声をあげた。正木も「僕も立ちたかったです」と漏らしたが、廣瀬隆太内野手も含めた“慶応兄弟”なら、きっと何度もチャンスがある。
(竹村岳 / Gaku Takemura)